セックスオンザビーチ

セックス セックス セックスオンザビーチ

色恋沙汰

好きな人と晴れて映画に行けるということで張り切っておしゃれして行ったらびっくりされてしまったらしく、いつも隣でやりとりするような軽口は封じられて、我々はぎくしゃくと新宿を歩いた。

みた映画はブレードランナーで、長かったがそれなりにいいセリフやいいシーンがあったと思う。本物の女は嫌いなのね?

私は隣に座りながらずっと隣の存在が気になった。そうこうしているうちに少しだけいけない気持ちになったりもして、そんなこんなで土曜日は終わった。

本当はご飯を食べたかったし、せっかく休日会えたからたくさん話したかったけど、ご飯にも誘われず、なんだか拍子抜けしたり傷心したりしながらとぼとぼ新宿の地下を歩いていたら、マルイの靴売り場あたりで携帯が鳴って、「ご飯くらい奢ればよかった」って書いてあった。

それで幾分かは傷心も癒えたけれども、真意はわからず、謎は深まるばかりで、その日はそのあとずっと、それについて考えていた。

その日の私はそれなりに可愛く見えるように努力したはずだから、きっと、きっと少しだけでも、どきりとさせられたならそれで嬉しいなと思う。

阿部くんに昔言われたことをよく思い出していて、それらは実に的を射ている。きっと一生忘れないんだろうと思う。あの人は私を揺さぶることが得意で、私の心は常に水っぽい沼の中でたぷたぷ漂っていた。

常になんとも言えない不安感を感じて、常に宙ぶらりんな気持ちだった。今思うとそれは、繊細で感じやすい私が、相手の不安や臆病な気待ちに共振していたんだとわかる。

ただの一度だって、二人でいて明るい気持ちになれたことはなかったのだ。残念だけど。そういう不安な気持ちを安らがせるために、私たちは何にも言わないで、二人して相手の心の底まで見透かすような無垢な目で互いの瞳の中を覗き込みながら多く肌を合わせたのだろうと思う。

勿論我々はそもそも肉体的な愉悦が好きだったんだろうけど、たぶん我々のアイデンティティであり、かつ厄介なしがらみである、ぐんぐん根を張っていく思考であったりとか、饒舌すぎる癖に肝心なところで役立たない言葉を忘れて、無口な獣になりたかったんだと思う。

獣、いやもっと植物に近い。獣よりも無口だ。

肌を合わせる以外にも我々はよく同じ布団で眠った。あの人が疲れて眠るときの暗がりは、私を孤独の底に突き落とした。二人でいることがあんなにも寂しいことだと悟ったのもあのとき。向き合わない男女が二人で布団で入ると、一人で布団に入るよりずっとさみしい。

それでも朝になると、決まってあの人は優しく、そして夜のことを詫びた。「本当に疲れていたんだ、ごめんね」と。「見送り。」と言ってドアまで来て。「もっとゆっくりできたらいいねえ」と。朝の光と共に部屋もあの人も優しくなった。あの頃は本当に夜がむなしく、切なく、嫌いだった。

ところでいま好きな人に戻って、その人のことをどうして好きなのかと言えば、例によって理由などはないんだけど、ただ一緒にいるとなんだかとても楽しい気持ちになって、落ち着いてしまうから。

あの人が泥に根をはる蓮根だとしたら、いま好きな人はサボテンのような人で、なんだかぼさっとしていて、ぼーっとした感じに見えて、なにもかもどうだってよさそうな顔をしている。無理矢理なにかを好きになろう!みたいな苦しい努力もない。むき出しの情熱も性欲みたいなものも感じられない。それでも男気みたいなものはたまにあって、それなりにきっと仕事もできる人だと思う。もし仕事ができなかったとしても、それについてあんまり慌てないだろうと思う。

それについて、「大人の余裕」とまでは思わないけど。

 

書くのに疲れたので終わり。

今日「こんなに最高の◯◯さんに会えるなんてよかったじゃん」と言われて、流石に意図がわからなくて、マスク越しに微妙な顔をした。

まぁ、それはそうなんですけど。